(最終更新:2021/01/13)
最近私は同志を募ってトピック論勉強会というものをやっています。トピック論(Topic Theory)[1]トピック理論、トポス論という言い方もありますというのは、単純化して言ってしまえば、音楽作品の中の特徴的な音形で、様々な意味を担ったと考えられるものを「トピック」として抽出し、それを中心に音楽を分析・解釈するという流派のことを指していると言えるでしょう。
(トピック論勉強会については個別にページを作っておりますので、そちらもぜひご覧ください。参加希望の方は山本(akixisay[at]gmail.com)までお気軽にご連絡ください。)
さらに重要なのは、トピックの抽出や解釈が、各論者の独断でなされているのではなく、ある程度対象の楽曲が作曲された同時代の歴史的文献に依拠しているという態度です。以下のまとめをご覧いただければ分かる通り、ラトナーは18世紀の文献(コッホ、ルソー、キルンベルガー、モーツァルト……)から記述を抽出し、各トピックが同時代的にも作曲家・著述家・聴衆のあいだで間主観的に認識されていたものだということを示そうとしています。
トピック論は、日本ではあまり知られていないものの、海外の音楽学界隈では1990年前後から徐々に注目されるようになり、近年オックスフォード・ハンドブック Oxford Handbook [2]Mirka, D. ed. 2014. The Oxford Handbook of Topic Theory. Oxford: OUP.が出るほどに発展しました。また、これからも音楽の形式論・解釈を扱う周辺領域と関連し合って発展し続けていくことでしょう。
さて、本稿では、勉強会で学んだことの私的なおさらいのために、また広く日本の西洋音楽研究にトピック論が普及することを願って、トピックという概念の祖、音楽学者レナード・ラトナー(Leonard Ratner, 1916-2010)の、これまたトピックという語の初出と言われる著作『古典派音楽:表現、形式、様式 Classical Music: Expression, Form, and Style』[3]Ratner, L. 1980. Classic Music: Expression, Form and Style. New York: Schirmer Books.(1980年)の第2章「トピック Topics」について簡単にざっくりと概略します。
YouTubeで音源が試聴可能なものに関してはリンクを貼ってあります。著作権には留意して、演奏者のオフィシャルなチャンネルか、YouTubeの著作権のシステム上、著作権者に収益が行くようになっているものだけを貼るようにしましたが、もし不都合がある場合はご教示ください。
2021/01/12:「タイプについて」までまとめました。
2021/01/13:全体をまとめました。
簡易な定義
ラトナーは始めにトピックとは何たるかを簡単に定義する。曰く、
礼拝、詩、劇、娯楽、舞踊、儀式、軍隊、狩猟、下層階級の人々の暮らしとの連携により、18世紀初頭の音楽は、特徴的な音型 characteristic figures の語彙集を発達させ、それは豊かな遺産として古典作曲家に貢献していた。これらの音型には、さまざまな感じや情緒と結びついているものや、絵画的な味わいをもつものがあった。ここではそれらをトピック topics――音楽の語りのための主題 subjects for musical discourse ――と呼称することにする。トピックは完全に通作された音楽作品として出現することもあれば(これをタイプ type と呼ぶ)、ある音楽作品のなかで音型 figures や進行 progressions として出現することもある(これをスタイル style と呼ぶ)。タイプとスタイルとの間の区別は流動的なものである。例えば、メヌエット[・トピック]や行進曲[・トピック]は完全なタイプであるが、他の作品にスタイルを供給することもある。
(Ratner 1980: 9、斜体は原書による)
- トピックは18世紀初頭の音楽にみられる特徴的な音形のこと。
- トピックは大まかに「タイプ」と「スタイル」に分けられる(本書では加えて「ピクトリアリスム Pictorialism」あるいは「音画 Word-Painting」もトピックの一つとして提案される)。
ということを押さえておきたい。
その後ラトナーはタイプとスタイルという傘の下にどのようなトピックが組み入れられるのかを実例を出しながら説明していく。
タイプについて Types
舞曲 Dances
まずラトナーは舞曲に3つの様式があるとする。
- 18世紀の生活の儀礼的側面や堅苦しさを反映するもの(これはメヌエット、サラバンド、ガヴォット)は上品で高雅な高様式 high style 。
- 一方喜ばしく生き生きとしたブレーやジーグは中様式 middle style 。
- コントルダンスやレントラーは野卑な低様式 low style。
(ただし、メヌエットやポロネーズは18世紀末になると生活様式の軽薄さや時代の揺れ動きを反映してより活発になっていった。)
これらの舞曲はそれぞれのリズムと速度(歩調)によってある感じ feeling を表象する。
続いてラトナーは以下のように述べ、舞曲のリズムが事実上、古典派音楽に充溢しているという表明を行う。
- 舞曲は形式的な側面で言うとシンプルかつコンパクトで、古典派の作曲家によって何千もの作品が書かれ、出版された。
- 舞曲はオペラ、室内楽、アリア、ソナタ、協奏曲、交響曲、セレナーデ、さらに教会音楽にまで侵入した。
- 舞曲は作曲の基礎でもあり、様々な教師が指導に用いていた。例えばキルンベルガー《性格舞曲集 Recueil d’airs de danses caractéristiques》(1783)、リーペル 『作曲法基礎 Anfangsgründe zur Musikalischen Setzkunst 』(1752)、コッホ『作曲試論 Versuch einer Anleitung zur Composition』(1793)、モーツァルト(書簡に見られる)に例が見られる。
その後、舞曲の細かな各個のトピックを、ときに実例や同時代の言説を引きながら挙げる。
メヌエットとそれに関連するタイプ Minet and Related Types
古典派時代に最も人気の舞曲がメヌエット minuet。宮廷とサロンのエレガントな世界と連関し、高貴で魅力的で生き生きとした、という形容詞で形容でき、程々の陽気さを表現している。率直なユーモアから深い熱情まで、幅広く表現できる。以下は実例。
- 優雅なメヌエット:コッホ『作曲試論』(1793)例、J. C. バッハ 交響曲作品9-2 第3楽章(1775)
- 大衆的な粗野さ:ハイドン 交響曲第102番 第3楽章(1794)
- 熱情的:モーツァルト 四重奏曲 K. 516 第2楽章(1787)
- スケルツォ的:ベートーヴェン 交響曲第1番作品21 第3楽章(1800)
- チャールズ・バーニー『音楽史 History of Music』(1789)でもヘンデル作品の「メヌエット」への言及。
- 使用される箇所も幅広く、第1楽章、緩徐楽章、最終楽章でも用法が見られる(冒頭楽章での使用はモーツァルトの交響曲第39番[動画は冒頭からだが、序奏が入るので実際は1:59〜]、ベートーヴェン交響曲第8番にみられる)。
また、メヌエットと関連する舞曲として生き生きとしたメヌエットであるパスピエ passpied、遅いメヌエットであるサラバンド sarabande が挙げられる(ダランベールの『ラモー氏の原理に基づく音楽理論と実践の基礎 Élémens de musique…』(1766)参照)。
パスピエの実例はレーライン Georg Simon Löhlein『クラヴィーア教本 Clavier-Schule』(第5版, 1791)に用例が見られる他、ハイドンのソナタ第6番の最終楽章(1766以前)でも用いられている。
サラバンドは舞曲としては18世紀末までに消滅したが、様式としては生き残った。特徴は三拍子の二拍目におかれる強調で、慎重で真剣な性格を示す高様式の舞曲。用例はハイドン ソナタ第37番 第2楽章(1779-80ごろ)、モーツァルト 交響曲第41番 第2楽章(1788)。
メヌエットと同じく3拍子の舞曲にワルツ waltzes、レントラー Ländler、アルマンド allemandes、シュライファー Schleifer、シュヴァーベン・アルマンド Swabian allemandesがある(シュヴァーベン・アルマンドの実例はハイドンの弦楽四重奏作品77-2の第2楽章のメヌエット)。これらはすべてメヌエットよりテンポが速く、浮き立つような様子を示す、中様式または低様式の舞曲である。
ポロネーズ Polonaise
ポロネーズは三拍子の舞曲で、18世紀初頭ではより深刻で慎重な様式だった。特徴的なのは小節内のシンコペーションや最後の拍に一瞬休符がおかれること。典拠とされているのはマールプルク『音楽芸術に関する批評的短報 Kritische Briefe über die Tonkunst』(1760-1764)とコッホ『音楽事典 Musicalische Lexikon』(1802)。
18世紀半ばには、16分音符を多数含む急速な舞曲となり、陽気でユーモラスな効果がもたらされるように(実例:ハイドンの弦楽四重奏曲作品77-2 第4楽章(1799)、ベートーヴェンのセレナーデ作品8(1796-97))。
ブレー Bourée
ブレーは二拍子系の舞曲で、軽やかさが想起させられる(ルソー『音楽事典』やテュルク『クラヴィーア教本 Klavierschule』(1789)参照)。
ブレーという曲自体は古典派期には楽章のタイトルになることはなかったが、ブレー様式はしばしば用いられた。特徴としては、短い弱起と小節の3拍目のあとのアーティキュレーション。
バロック時代のブレー・タイプの例としてJ. S. バッハ パルティータ ロ短調より(1720ごろ)、ブレー・スタイルの例としてモーツァルトのピアノ協奏曲 K. 453 最終楽章が挙げられている。
コントルダンス Contredance
コントルダンスは、ルソーの『音楽事典』(1768)の記述によると、二拍子の舞曲、明瞭なアーティキュレーション、輝かしさ、陽気さをもち、割合シンプルな舞曲。
ブレーよりも足並みが早い場合、音楽はコントルダンスの様式、イングランド様式とも呼ばれる様式となる。バレエ組曲の中でしばしば用いられ、終曲として好まれた。
実例:クリストマン『Elementarbuch der Tonkunst zum Unterricht beim Klavier für Lehrende und Lernende』(教本として、1782)、モーツァルト弦楽四重奏K. 614 最終楽章(1791)。
ガヴォット Gavotte
ガヴォットは二拍子系の比較的活き活きとした舞曲。2/2拍子の場合、2つめの4分音符の後のカエスーラによって区別可能。このリズムパターンが維持されることによって魅力が生まれ、旋律には優雅さ、平静、自己充足感が生まれる。緩徐楽章でしばしば用いられる(モーツァルト 弦楽四重奏曲 K. 614 第2楽章(1791)、《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》K. 525 第2楽章(1787))ほか、急速なテンポでも出現する(同 ヴァイオリン・ソナタ K. 526 最終楽章(1787)
ジーグ Gigue
ジーグは急速で陽気で生き生きとした舞曲で、ふつう6/8拍子による。18世紀にはgigue, giga, canarie, forlane, loureといった区別があったが、古典期には消滅した。冒頭楽章や最終楽章に出現する(ハイドン 交響曲第101番 第1楽章(1794))。模倣的なジーグが18世紀初期に見られ、それを引き継ぐ書法で書かれたものも(モーツァルト《小ジーグ》K. 574(1789))
シチリアーノ Siciliano
シチリアーノはジーグと同様に6/8拍子だが、緩徐で物憂げな舞曲。付点音符(上譜例)のパターンが特色。
テュルク『クラヴィーア教本』(1789)によると、シチリアーノは温和さを表現するべきなので、決してスタッカートでは演奏してはならない。ルソー『音楽事典』(1768)ではシチリアーノを歌曲や田園的器楽作品に見られる様式としているが、舞曲の旋律として定義している。
キリストの降誕 Nativity の音楽と伝統的な結びつきを持つ。この用例はバッハ《クリスマス・オラトリオ》BWV 248(1734)、ヘンデル《メサイア》(1741)。
情熱的なシチリアーノの用例:モーツァルト 弦楽四重奏 K. 421 最終楽章(1783)
その他の用例:モーツァルト ピアノ協奏曲 第23番 K. 488 第2楽章(1786))。
行進曲 The March
行進曲は舞曲であり儀式的な意味合いも持っている。アントレ entrée[イントラーダとも]と同様に、バレエ・儀式・演劇の幕開けを示すために使われもした。
古典舞曲による組曲でも用例がある(レオポルト・モーツァルト《Little Music Book》に所収されている楽曲)。
パレードや戦場で演奏される行進曲は、程々に急速な二拍子系の拍子、付点リズム、際立った作法が精神を活気づけ、聴き手に権威や騎士、また騎士と結び付けられる勇敢な美徳を想起させる。
タイプとしての行進曲の例は教則本にも見られる(クリストマン『Elementarbuch』(1782))。
スタイルとしての行進曲は、様々な交響曲・協奏曲の第1楽章や、革命後のフランスのヴァイオリン音楽の第1楽章にみられる。最も有名な用例はモーツァルト 交響曲第41番 「ジュピター」第1楽章(1788)。
行進曲とブレーは両者とも急速な2拍子系の楽曲で、じっさいクヴァンツ『フルート奏法試論 Versuch einer Anweisung die Flöte traversiere zu spielen』(1752)ではブレーのリズムでの行進曲という言及がある。
また、行進曲とブレーとを混合した楽曲例もある(モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ K. 376, 最終楽章(1781))。
舞曲の古典派音楽への組み入れ Incorporation of Dances into Classic Music
ラトナーによると、舞曲は大まかに3つの方法、つまり社会的・劇場的・思弁的な方法によって古典音楽に組み入れられた。
- 社会的舞曲 social dance は振り付けに沿ったもの(踊りを伴う舞曲ということ)。
- 劇場的舞曲 theatrical dance は社会的な舞曲のパターンを演劇に持ち込んだもので、グルックの《ドン・ファン》(1761)の〈狂人の踊り〉にみられるような、より自由でより拡張された実例もある。
社会的舞曲と劇場的舞曲の違いはコッホが『音楽事典』(1802)の「バレエ」の項目で述べている(注24)
バレエは、踊り手に喜びを提供することが唯一の目的である社会的舞曲とは区別されている。バレエの名前で呼ばれるのは、社会的舞曲よりも高度に制御され人工的なステップや跳躍によって観衆を喜ばせることが明らかな目的となっている、劇場的舞曲である。このような舞曲の芸術としての価値は言うまでもない。真のバレエは、踊りとパントマイムを用いて興味深い動きを見せる、しばしば「パント・ミミック・バレエ」と呼ばれ、シリアスとコミックに分類される。これは演劇のように計画、筋書き、大団円を有する。バレエの音楽は様々な様式やジャンルからなる一連の途切れのない小曲から成り立っており、そこでの感情表現は、劇の内容と進行によて規定される。オペラにおける音楽と詩の関係のように、ここではジェスチャの技術も音楽と一体化していなければならない。
3. 舞曲の素材を思弁的に扱うこと Speculative treatment of dance material。これが何を示すかと言うと、舞曲のリズムをソナタ、交響曲、協奏曲、また室内楽や劇場音楽の中で、音楽の語りのための主題 subjects for discourse[すなわちトピックである。冒頭のトピックの定義を参照]として用いること。
ここでラトナーはコッホ『作曲試論』(1793)を引用して以下のように言う。
舞曲のメロディーは、特に踊ることを目的としていない場合、最初の反復部分であっても8小節以上で成り立つことがある。
舞曲のトピックを思弁的に扱う際には、典型的な舞曲のリズムが用いられつつ、実際の舞曲で用いられるシンメトリー構造には則っていないことが多い。古典派音楽は舞曲の様式で満ちており、有名な作品で舞曲を借用していないものを探すのが難しいほどである。
国際的な人気を博した楽曲の中には、地方由来の舞曲が用いられることが典型(メヌエット、ポロネーズ、ブレー)。さらに、エキゾチックな舞曲は機会音楽や室内楽で用いられることもある。
バロック時代の舞曲は少数を残してほとんど消滅し、残ったものはより親しみやすくシンプルな様式になった。
スタイルについて Styles
軍隊の音楽と狩りの音楽 Military and Hunt Music
軍隊の音楽と狩りの音楽は18世紀全体に渡って親しまれた。両者とも、日常生活や祝祭に密接に関係していた(貴族が有する守護隊のファンファーレ、街の祝祭時の楽隊の演奏、高貴な息抜きとしての狩り、田舎のホルン信号)。
ファンファーレや狩りの信号は[本来金管楽器で演奏されるところ]、弦、木管、鍵盤楽器で模倣された。実例はモーツァルトの弦楽五重奏曲 K. 614 第1楽章(1791)。ここで出現するファンファーレの模倣は、コッホ『音楽事典』(1802)によって「6/8拍子の活き活きとしたテンポによるホルンの二重奏」と描写された狩りのファンファーレである。
ホルン音形は痛切な、ノルタルジックなあるいは叙情的な気分に変わることもあった。実例はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番 作品81a(《告別》、1808)、モーツァルト ピアノ・ソナタ K.570(1789)。どちらも変ホ長調だが、これは金管楽器にとって好ましい調である。
軍隊・狩りの音形はユーモアの感覚ももたらすことがある。実例はモーツァルト《フィガロの結婚》の行進曲調の〈もう飛ぶまいぞこの蝶々〉(1785-86)、ハイドンのピアノ・ソナタ第52番(1794)。
「角(笛) horn」という単語は、楽器と同時に寝取られた夫の頭に生える角も含意するため、コミックオペラでしばしば使われる。
歌唱様式 The Singing Style
コッホ『音楽事典』(1802)やダウベ『Anleitung zur Erfindung der Melodie und ihrer Fortsetzung』(1797)を典拠とする。
歌唱様式の音楽は、中庸のテンポ、比較的長い音価、狭い音域による旋律線をもつ。舞曲のリズムを同時に使用可能で、例えばグルック《オルフェオ》の〈エウリディーチェを失って〉(1762)はブレーと歌唱様式の組み合わせ。
速いテンポの場合は歌唱アレグロ singing allegro。用例はモーツァルトの交響曲第41番《ジュピター》K. 551 第4楽章冒頭4小節(1788)。
華麗様式 The Brilliant Style
華麗な brilliant という用語はダウベ『Anleitung…』(1797)、テュルク『クラヴィーア教本』(1789)、コッホ『音楽事典』(1802)による。いわく、名人芸や激烈な感情表現を示すための急速なパッセージを指す。早い例ではスカルラッティ、コレッリ、ヴィヴァルディがこの様式を曲中で何度も繰り返し、またゼクエンツとして用いた。バーニー『音楽史』(1789)は18世紀の名人たちの華麗なパッセージ華麗なパッセージを引用している。
用例はモーツァルト クラリネット五重奏 K. 581 第1楽章(1789)。
フランス序曲 The French Overture
フランス序曲は祝典音楽の様式で、付点音符を伴うゆっくりとした重々しい行進曲。典拠はコッホ『音楽事典』(1802)とルソー『音楽事典』(1768)。
ルイ14世時代のフランスに端を発し、全ヨーロッパに劇場・器楽組曲・交響曲の幕開けの音楽として用いられるようになった。深刻で高尚な雰囲気を伴う。
厳格な儀式の雰囲気を高めるために、付点音符は記譜されているより短く、できるだけ短く演奏される(典拠はテュルク『クラヴィーア教本』(1789))。
実例はモーツァルト 交響曲 第39番 K. 543 序奏(1788)
ミュゼット、パストラール Musette, Pastorale
ミュゼットとパストラールは、どちらもバグパイプ、コルヌミューズ cornemuse、ミュゼット musette といった楽器で演奏される素朴な音楽。
一番の特徴は保続されるバス音(単音か5度)。旋律は素朴で田園調であることもあれば華々しい場合もある。
ミュゼットは古典派音楽に非常に多く用いられている(事例は非常に多いので一部だけ。ハイドンの交響曲第104番の最終楽章(1795)、ベートーヴェンの弦楽四重奏作品59-1の冒頭(1806))。
トルコ音楽 Turkish Music
トルコ音楽は、西欧諸国とトルコとの間の軍事・外向的対立の副産物で、彼らの軍楽隊の太古、トライアングル、管楽器、シンバルを用いた音楽が模倣された(典拠はコッホ『音楽事典』(1802))。
実例は非常に多いが、モーツァルトのピアノ・ソナタ K. 311 最終楽章の「トルコ行進曲」(1778)、ベートーヴェンの《アテネの廃墟》作品114(1822)はトルコ行進曲が明示されている。
トルコの軍楽隊の様式を示唆している例として、交響曲第9番ニ短調の最終楽章(1822-24)[該当する部分から再生されるようになっています]やモーツァルトのピアノソナタK. 310 第1楽章(1778)など。
疾風怒濤 Storm and Stress [Strum und Drang]
疾風怒濤はクリンガーの同名の演劇(1776)に由来するもので、主観的で激烈な個人的感情の表現として、ロマン派の初期に関連付けられて音楽史家に用いられてきた単語。コッホ『音楽事典』(1802)には「嵐のような情熱」という言及。
音楽的性格でいうならば、推進力のあるリズム、分厚いテクスチャ、短音階による和声、半音階、鋭い不協和音、熱情的な朗読のような話しぶり(デクラメーション)が挙げられる。
ハイドン、ベートーヴェン、ケルビーニに実例が多い(ゲーテやシラーといった同時代人に比肩しうる)。
実際に挙げられている例はハイドンの弦楽四重奏曲作品20-5(1772)。
多感様式 Sensibility, Empfindsamkeit
親密でパーソナルな様式で、ときに感傷的な質を帯びる。
古典派の音楽評論は何度も「多感 Empfindungen」、感情、感傷に言及してきた(典拠:コッホ『音楽事典』(1802))。
C. P. E. バッハがこの様式の代表格で、鍵盤音楽に見られる気分の急激な変化、分散和音の音形、連続性の分断、成功な装飾和音、一時停止、移り変わり、不協和音がこの様式に関係しており、バロック音楽の静的な統一体的音楽と対を成している。
モーツァルト、ハイドンや同時代の鍵盤作品にも多く見られる様式である。
(用例:モーツァルト 幻想曲 K. 397 アダージョ部分(1782)、ベートーヴェン 弦楽四重奏曲作品18-6 第4楽章〈マリンコニア〉(1798-1800))
厳格様式 strict style、学識様式 learned style
以上で議論したタイプ・スタイルは演劇や室内楽に関連したギャラント様式 galant style、あるいは自由様式 free styleに含まれていた。
一方、厳格様式、学識様式は教会と関連するものと考えられていた。典拠はコッホ『音楽事典』(1802)。コッホは自由様式と厳格様式とを、旋律、和声面、主題の扱いの点で明白に異なるものとして記している[4]さらに、『作曲試論』(I, 1782)で、両者を技法的にはっきり区別し、自由様式では不協和音は予備される必要がないと言明している。。
厳格様式は和声や旋律の厳格なルールをもち、その結果生み出されるゆっくりと進行する和声・旋律進行の途切れない結びつき。また、最もシンプルで最も伝統的な形態は2分音符か全音符による進行で、これをアラ・ブレーヴェ alla breve と呼ぶ。
厳格様式は、模倣的、フーガ的、カノン的、対位法的な作曲法である。
作例はベートーヴェンの弦楽四重奏曲作品18-5 最終楽章(1800)。厳格様式とアラ・ブレーヴェがはっきりと見て取れ、早いコントルダンスと組み合わされている。この[ギャラントと厳格の二様式の]トピックの組み合わせは18世紀の聴者はに理解できる活き活きとした趣きを与えている。
ベートーヴェンはアラ・ブレーヴェの使用を意識していたことがホフマイスター宛の手紙(1802年4月8日付)からわかる。
幻想曲 Fantasia[・影 ombra]
幻想曲様式は、精巧な装飾、移り変わる和声、半音階的なバスの進行、唐突な対比、分厚いテクスチャ、不明瞭な disembodied 旋律線といった特徴が一つ以上見られることで認識される。
要するに、「即興的」という感覚、音形とフレーズとの構造的結びつきが薄いことが特色[5]ラトナーはこの部分、例外的に同時代の文献からの出典を示していない。。
実例はハイドンの弦楽四重奏曲作品76-2の第2楽章結尾(1798)。
18世紀のオペラでは幻想曲は超自然的なもの(幽霊、神、道徳、罰……)や畏怖を喚起するものとして用いられた。これを影 ombra という。
オペラにみられる影のトピックの実例はモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》の序曲(1787、アラ・ブレーヴェとの組み合わせ)。
器楽作品ではベートーヴェンの交響曲第4番作品60(1806)の序奏で影のトピックが想起される。
ピクトリアリスム・音画 Pictorialism; Word-Painting
ラトナー曰く、18世紀の作曲家は以上の豊富なトピックを用いて絵画的な音楽を作ることができた。詩や他の文学の特定の観念を模倣したり象徴したりすることを指す。
ピクトリアリズムは一般的に器楽と結びつき、場面で行われているある行為や何らかの観念の伝達を行う。
音画[6]うまい訳語が思いつかず、Word-Painting と Tone-Painting が同じ訳語になってしまっているので、いい訳を募集したい……はあるテクストのフレーズを音型に当てはめる方法。
マドリガル、フランスの描写的なクラヴサン音楽、戦闘の音楽などで用いられてきた。
コッホが『音楽事典』の「標題交響曲 Simphonies à programme」はこの主の音楽の実例(ディッタースドルフ、ロゼッティ、ハイドン)を上げつつ文学と音楽との関係に言及し、同じく「Malerey」の項目もこの概念に触れているが、コッホは概して音楽と文学との関係に批判的[7]コッホ曰く、自然現象を音楽で模倣する際、これを音画 Tone-Painting … Continue reading。
実例はハイドン《天地創造》(1798)、交響曲第82番(《熊》, 1786)の最終楽章、同第100番(《軍隊》, 1795)、同第103番(1795, 第2次ウィーン包囲を想定か)。モミニ『和声と作曲に関する完全講義 Cours complet d’harmonie et de composition』(1806)に交響曲第103番の音画的分析が見られる。
トピックの使用 Use of topics
ラトナーは以上で同時代的典拠と実例を交えて色々なトピックを挙げた。
ここで彼は、古典派の楽曲のトピックの使用法がバロックと異なり、楽曲の中でさまざまに混合や対照されながら用いられてきたこと、それが同時代人にとっても自覚的だったこと、それがどのような効果を生むのかといった問題に取り組む。
バロック音楽と古典音楽との違いはトピック的要素の使用法で、古典派に至るとトピックは一曲の中で様々に混合や対照されるようになった。この典拠はバーニー『音楽史』(1789)[8]タルティーニと対比して、J. C. バッハが「コントラストの原理が彼にとって主要なもの」と論じられている。、や、コッホ『Journal der Tonkunst』(1795)[9]様式の混合が近年の傾向であると明記されている。、ジョン・マーシュ John Marsh の『若い作曲家への助言 Hints to Young Composers』(1800)[10]「新しい流派」が様式を混合することを非難している。一方、ハイドンは古い様式の威厳を新しい様式の中で保っている点で評価されている。、ウィリアム・ジョーンズ師『音楽のわざに関する論 Treatise on the Art of Music』(1784)[11]古い様式と新しい様式の明記。前者の代表がコレッリ、パーセル、ジェミニアーニ、ヘンデル。後者の代表がハイドンとボッケリーニ。。
トピックの混合と調和の名手はモーツァルト。交響曲第38番《プラハ》第1楽章の主要主題は様々な新旧のトピックのパノラマ。以下の一覧表を参照。
- 37-40: 歌唱様式、アラ・ブレーヴェ
- 41-42: 華麗様式、学識様式
- 43-44: ファンファーレ1
- 45-48: 歌唱様式、学識様式
- 49-50: アラ・ブレーヴェ、華麗様式
- 51-54: 華麗様式、学識様式
- 55-62: 華麗様式、縛られた様式 stile legato へ
- 53-65: ファンファーレ
- 66-68: 華麗様式
- 69-70: カデンツ(新素材の導入)
- 71-74: 歌唱様式
- 74-76: アラ・ブレーヴェ、華麗様式
- 77-87: 学識様式、華麗様式、アラ・ブレーヴェ
- 88-94: 疾風怒濤
- 95-120: 歌唱様式、のち学識様式上に
所感
ざっくりまとめるなどと言いつつ、それぞれのトピックの出典・性格・実例を列挙しただけでこんなにも長い記事になってしまいました。
この「トピック」の章は、後世のトピック論者のような厳密で精緻な議論が目指されているわけはないので、記述の内容が洗練されているとは言えません。また、トピックという概念の記号論的な立ち位置、それを用いて音楽を解釈する際の利点や手法などにはあまり視線が向けられていません。それから、トピックの枠組み(どこまでがトピックか、どこからがトピックでないか)を定めていないので、論者によってはトピックの枠組みが無限に拡大していくハメになります。
とはいえ、トピックというアンブレラ・タームを作り出し、歴史的根拠を示しながら古典派音楽に見られる多種多様な音形をまとめた立役者として、ラトナーと『古典派音楽』は極めて意義深いものだと思われます。また、彼の生み出した「トピック」という概念に触発されて1980年代に発表された論文は1990年代にモノグラフィーとして出版され、こんにちの音楽解釈にまで影響を与える「トピック論第1世代」を生み出していきます。
ご意見・批判・訳語の訂正……等、コメントをお待ちしております!
References
↑1 | トピック理論、トポス論という言い方もあります |
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↑2 | Mirka, D. ed. 2014. The Oxford Handbook of Topic Theory. Oxford: OUP. |
↑3 | Ratner, L. 1980. Classic Music: Expression, Form and Style. New York: Schirmer Books. |
↑4 | さらに、『作曲試論』(I, 1782)で、両者を技法的にはっきり区別し、自由様式では不協和音は予備される必要がないと言明している。 |
↑5 | ラトナーはこの部分、例外的に同時代の文献からの出典を示していない。 |
↑6 | うまい訳語が思いつかず、Word-Painting と Tone-Painting が同じ訳語になってしまっているので、いい訳を募集したい…… |
↑7 | コッホ曰く、自然現象を音楽で模倣する際、これを音画 Tone-Painting と呼ぶが、音楽の唯一の目的は、精神のある感じを描写することにあり、無生物を描くことではないからである。したがって音画の効果は疑問。時おり魂の状態と関連したり感情の波を表現できる場合はある |
↑8 | タルティーニと対比して、J. C. バッハが「コントラストの原理が彼にとって主要なもの」と論じられている。 |
↑9 | 様式の混合が近年の傾向であると明記されている。 |
↑10 | 「新しい流派」が様式を混合することを非難している。一方、ハイドンは古い様式の威厳を新しい様式の中で保っている点で評価されている。 |
↑11 | 古い様式と新しい様式の明記。前者の代表がコレッリ、パーセル、ジェミニアーニ、ヘンデル。後者の代表がハイドンとボッケリーニ。 |