2022/01/17:誤字を修正し、用語を改めました(トピック領域)
トピック Topic(s) とは何か
アメリカの音楽学者レナード・ラトナー Leonard Ratner (1916-2011) により、1980年の著書『古典音楽:表現・形式・様式 Classic Music: Expression, Form, and Style』で提唱された概念。定義と呼べるような記述が論者によって何度かなされているが、ここでは各者の定義を訳出しながら、それらの意見の相違と共通点を確認する。
トピックという用語のトピック論の文脈での初出はRatner 1980だが、そこでは以下の通りに定義されている。
礼拝、詩、劇、娯楽、舞踊、儀式、軍隊、狩猟、下層階級の人々の暮らしとの連携により、18世紀初頭の音楽は、特徴的な音型 characteristic figuresの語彙集を発達させ、それは豊かな遺産として古典作曲家に貢献していた。これらの音型には、さまざまな感じや情緒と連携しているものや、絵画的な味わいをもつものがあった。ここではそれらをトピック topic――音楽の語りのための主題 subjects for musical discourse ――と呼称することにする。トピックは完全に通作された音楽作品として出現することもあれば(これをタイプ type と呼ぶ)、ある音楽作品のなかで音型 figures や進行 progressions として出現することもある(これをスタイル style と呼ぶ)。タイプとスタイルとの間の区別は流動的なものである。例えば、メヌエット[・トピック]やマーチ[・トピック]は完全なタイプであるが、他の作品にスタイルを供給することもある。(Ratner 1980: 9、強調は原書による)
同著でラトナーは、18世紀の作曲家の作品におけるトピックのタイプ・スタイルの例を挙げつつ、同時代の著述家による記述を引き、それらのトピックがどのような特徴を持つものなのか、どのような表現に資するものか(ときにもともとの出自はどこか)を論じた。
Ratnerは1991年に論文「モーツァルトの鍵盤ソナタのトピック的内容 Topical Content in Mozart’s Keyboard Sonatas」を著し、再び自身が定義したトピック論に立ち返っている。曰く:
ここで使用する「トピック」という用語は、[音楽的な]語りの中に組み込まれた主題 subject を意味する。トピックはスタイル a style、タイプ a type、音形 a figure、動作の経過や構想 a process or a plan of action でありうる。トピックは音楽内的――音楽語法の諸要素――でもありえ、音楽外的――他の表現媒体から取られたもの――でもありえる[この2つの要素が組み込まれている]。
この記述で特徴的なのは、ラトナーが1991年の著作では「スタイル」と同格と見做されていた「音形」と「動作の経過や構想」(progressions と a process を同様のものと見るならばだが)が、ここで切り出されていることである。【以下工事中】
・ラトナーの「interplay」とアガウとの関係【以下工事中】
Agawu 1991によって提唱されたトピックの特徴(pp. 49-50)
- トピックは音楽的記号であり、旋律・和声・拍子・リズム等の領域内の関連付けられた一団をシニフィアンとして有し、そのほとんどが18世紀の歴史的文献に由来する慣習的なラベル(疾風怒濤、ファンファーレ、学識様式、多感様式等)をシニフィエとして有する。
- トピックは訓練された聴者の能力によって感受される。20世紀の我々も、18世紀の同時代的な音楽の感受に訴えかけることは可能。
- トピックの領域は開かれているので、理論的には全ての音楽作品がトピックを有するが、経験論的に「ニュートラルな」(適切なラベルを貼ることはできない)エリアも存在していい
- 単一の作品が含みうるトピックの量は理論上無制限だが、実践上諸々の制限がある(ある程度の時間的経過を有さないとトピックが知覚できない、等々)。
- トピックはパラディグマティックな軸に沿って文脈上のアイデンティティを確立する一方で、シンタグマティックな横軸に沿って現れる。シンタグマティックな軸はトピックの組み合わせを許容する。トピックには前景・後景といったレベルで現れることも可能だし、同時に現れてそのレベルを変化させていくこともまた可能。
- トピックはヒエラルキー的に現れる。
トピックと文化
トピックと音楽の構造・形式
各トピック概説
【工事中】
各論用語
外向的記号過程 extroversive semiosis
Agawu 1991による用語(ヤコブソンからの借用)。同著では「トピック」に関連付けられる。【工事中】
定義:「外向的世界との参照的結びつき」
純粋記号 pure signs
Agawu 1991で用いられる用語。
定義:「[referential signsに対し]、『純粋記号』と呼ぶべきもう一つのクラスが存在する。これは、慣用的に用いられることで音楽の組織への重要な糸口になるが、それが必ずしも指示的あるいは音楽外的な連関によってそうなるわけではない記号である。There is another class consisting of what we might call “pure” signs, signs that provide important clues to musical organization through conventional use, but not necessarily by referential or extra musical association.」
例として挙げられるのは、ハイドンの弦楽四重奏作品76-2 ニ短調 第1楽章に出現する下行五度音形。
トロープ trope
Hattenによって音楽分析に用いられた用語。もともと修辞学で「転義法」と訳される語。
動詞としても用いられる(troped topic)【工事中】
トピック領域 The Universe of Topic / UT
Agawu 1991 により提唱された概念で、分析で用いられるトピックを羅列したもので、同著では27を数える。著者自身も言明しているが、これは「本書で分析される作品のチョイスにより選別された」リストであり、この世に存在するすべてのトピック(というものがあるのならば)を網羅的に羅列したものではない(Agawu 1991: 30)。参考までに、同書により羅列されたトピックを挙げておこう。
1. alla breve
2. alla zoppa
3. amoroso
4. aria
5. bourrée
6. brilliant style
7. cadenza
8. sensibility (Empfindsamkeit)
9. fanfare
10. fantasy
11. French overture
12. gavotte
13. hunt style
14. learned style
15. Mannheim rocket
16. march
17. minuet
18. musette
19. ombra
20. opera buffa
21. pastoral
22. recitative
23. sarabande
24. sigh motif (Seufzer)
25. singing style
26. Strum und Drang
27. Turkish music
Mirka 2014 はいったんラトナーの提唱したオリジナルの概念に立ち返り、その定義を「適切な文脈から取り外され、他の文脈で使用される音楽的様式・ジャンルのことである」とした。その際、以下のように「トピック領域」の拡大をたしなめている。
[トピック領域の]直近のヴァージョン(Agawu 2009: 43-44)では、トピックの数は61を数え、さらにはその中にアフェクト(情熱的、悲劇的)、旋律線(軍隊の音形、狩りのファンファーレ、ホルン信号、「告別 Lebewohl」)、伴奏パターン(アルベルティ・バス、マーキー・バス murky bass[1]オクターヴ間隔の二音を連続して奏するバス音形のこと。代表例はベートーヴェンのピアノソナタ第8番(《悲愴》)第1楽章主要主題。参照: … Continue reading、トロンメルバス Trommelbass)を含むようになった。アランブルックの遺作(2014: Chapter 3)では、トピックの概念は様式、ジャンル、アフェクト、伴奏パターン、旋律音形、修辞的音形、和声的図式(終止)、さらには拍子(4/4拍子)を含むまでに至っている。[……]確かにそれら[トピック]は慣習ではあるのだが、はたしてすべての種類の音楽的慣習を包む「忠実な傘 trusty umbrella」(Allanbrook 2014: 117)なのだろうか?あるいは、特定の音楽的慣習を示すものなのだろうか? 本書は、トピックを他の慣習と区別することが有益だと考えるものである。そうすることで、それらが相互に関係するかを知ることができるのだ。したがって、我々はラトナーのオリジナルのトピック概念に立ち返り、トピックを「適切な文脈から取り外され、他の文脈で使用される音楽的様式・ジャンルのことである」と定義する。
Mirka 2014: 2
内向的記号過程 introversive semiosis
Agawu 1991による用語(ヤコブソンからの借用)。同著では「シェンカー分析 Schenkerian analysis」によって描写される。
定義:「各音響要素による他の音響要素への参照 the reference of each sonic element to the other elements to come」(ヤコブソンより引用、Agawu 1991: 23)。
プレイ play
Agawu 1991のキーワード。邦訳が困難な多義語だが、アガウはこの語を「外向的記号過程」と「内向的記号過程」の交わる領域で行われる音楽作品を「読む」、より深く「豊かな読みを創出する」営みとして定めているようである(例えば、Agawu 1991: 24参照)。
無徴(性)/無標(性) unmarkedness
Hattenによって音楽分析に用いられた用語。【工事中】
対義語:有徴(性)/有標(性) markedness
有徴(性)/有標(性) markedness
Hattenによって音楽分析に用いられた用語。【工事中】
対義語:無徴(性)/無標(性) unmarkedness
References
↑1 | オクターヴ間隔の二音を連続して奏するバス音形のこと。代表例はベートーヴェンのピアノソナタ第8番(《悲愴》)第1楽章主要主題。参照: https://www.oxfordmusiconline.com/grovemusic/view/10.1093/gmo/9781561592630.001.0001/omo-9781561592630-e-0000019379 |
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